エペソ4章32節から5章2節
4:32 お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったよう に、互いに赦し合いなさい。
5:1 ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。
5:2 また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。
人は愛されることで、人を愛することができます。愛されることによって愛が何であるかを知るのです。では、赦しもまた同様に考えることはできないでしょうか。確かに、私たちは対人関係においてすべての人と良好な関係を持つことは困難です。中には気に入らない人もいるでしょうし、時に人から耐え難いほどの苦痛を受けたり、深い傷を負わされることがあります。傷が深刻であればあるほど、或いは、傷を与えた相手が否を認め謝罪してこない場合などは、ますます赦すことは困難になるでしょう。しかし、聖書は「ただ赦しなさい」とは語りません。まず、あなたがた自身がキリストにおいて神に赦されているのだと言うのです。神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさいと言うのです。キリストが罪の結果、本来裁かれるべき私たちの罪の身代わりにその身に裁きを受けらました。それは私たちに和解をもたらす為、赦しを宣言するためです。旧約の時代、罪の赦しは、羊や牛に罪を移し、いけにえとしてほふり、その血を流すことによって実現されましたが、まさにイエス様ご自身が、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物となって殺され、血を流して下さったのです。私たちは、この偽りのない、本当の愛と赦しを受けているからこそ、真に愛し合い、そして赦しあうことができるのです。
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